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ACT4
まずその異変に気づいたのはフォロンでも、コーティカルテでも、そしてペルセルテでもなく、プリネシカであった。なぜなら、プリネシカだけが、この時周囲を冷静に見ていたからである。彼女は、ペルセルテのようにフォロンに対する特別な感情は持ち合わせていない――とはいっても、2人の様子が気にならないといえば嘘になるが――ので、それだけ周囲に気を配るだけの余裕があったのだ。そして、そのプリネシカの瞳に、はっきりと何かが映った。 最初に映ったのは小さな影だった。だが、小さいのは距離が離れているからであり、実際にはもっと大きなものであると想像できる。そして、驚くべきことは、その小さな影は、かなりの距離があるのにもかかわらず見えたということである。 「ね、ねぇ、ペルセ……」 「ちょっ、プリネ引っ張らないでよ。今、目が離せない……んわぁっ!?」 しかし、抗議するペルセルテの首を強引に回して、プリネシカは自分の目に映ったものをペルセルテにも見せた。だが、ペルセルテにしてみれば、そのあまりに突然のことに頭が追いつかない。 「あれ、見える?」 「え……?」 そんなペルセルテの心情などお構いなしといわんばかりに、プリネシカは質問を投げかける。いきなりのことに混乱していたペルセルテも、プリネシカが指差した方を見て、少し顔色を変えた。 「うん見えるけど……でも、あれが?」 たしかにプリネシカが指差す方向に何かがあるということはペルセルテにも分かった。ただ、ペルセルテにしてみればそれだけである。そのことに何か意味があるのか、ペルセルテはさっぱり分からなかった。だが、事実を把握しているプリネシカにしてみれば、そこには違う解釈が生まれる。 「ほんの少し前まで、あんな影は見えなかったの。……それで、徐々に大きくなってきてる」 「それって近付いてきてるっこと?」 プリネシカに比べ緊張感のないペルセルテが、プリネシカの言いたいことを端的に言い表す。たしかにそれは間違ってはいないのだが、しかし、プリネシカが伝えたいこととは違っていた。 「うん、それもかなりの速度で」 ペルセルテは少し考え込んで、そして疑問を口にした。 「でもさ、船ぐらい見えるんじゃない?」 ペルセルテの疑問はもっともである。ペルセルテたちがいるのは浜辺であり、その先に広がるのは海である。近くに船着場もあることも知っているし、船が見えても普通じゃないかと彼女は考えた。だがしかし、プリネシカが何の理由もなしにこんなことを言うはずもないことも知っていたので、ペルセルテは頭ごなしに否定することはしなかった。 「船じゃないと思う」 「え?」 「この距離で見えるってことは、たぶん船のサイズじゃない……もっと大きなものだと思うの」 それを聞いて、ようやくペルセルテにもプリネシカが言いたいことが理解できた。それでも、他の可能性がないわけではない。 「船着場に向かっているんじゃない?」 「たしかにそうかもしれない。……でも、何か変」 「……変?」 「うん。まず、速度が速すぎること。ほら、もうさっきより大分はっきり見えるようになってきた」 そう言ってプリネシカが指差す方を見れば、たしかに小さな影のようにしか見えなかったものが、人の目にもはっきりとした形で見えるようになっていた。それは、船のような形ではあったが、やはりプリネシカの言うように船よりもかなり大きいサイズのように思えた。 「それに、おそらく速度超過してるはず……やっぱり変だよ」 「まさか……こっちに突っ込んできたりしない、よね?」 動揺の色を見せながら、ペルセルテは希望を口にする。 「分からない……でも、もう少し様子を見た方がいいかもしれない」 「そうだね」 ペルセルテとプリネシカが頷き合いながら視線を海へと向けると、そこには次第にその形を大きくさせながら近付いてくる船の姿があった。その姿に、プリネシカの予想を軽々と打ち砕くだけの力があることに、まだ誰も気づいていなかった。 次に異変に気づいたのはコーティカルテであった。ただし、彼女が気づいたのはプリネシカのように段々と大きさを増しながら近付いてくる船の姿を見つけたからではなかった。コーティカルテは、その自身と同じものである存在のざわめきを敏感に感じ取ったのである。 「……コーティ?」 突然立ち止まったコーティカルテを振り返る形で、フォロンは凛と背筋を伸ばして虚空を見つめる彼女の姿と向かい合った。いつもはすぐに答えてくれるコーティカルテは、しかし、フォロンの問い掛けに答えない。あちこちへと視線を彷徨わせながら、そして、コーティカルテの瞳が何かを捉える。 「フォロン……ちょっと面倒なことになった」 まるで何もかも見透かしたかのように一点を見つめるコーティカルテの横顔を見つめながら、瞬間的にフォロンは何かが起きたことを悟った。フォロンは、コーティカルテの見つめる先を辿って……そして、彼女が何を見ていたのかを知った。 「あれっ、て……?」 船のように見えるそれは、だがしかし、サイズという点において普通の船を軽く凌駕していた。まだ遠目に見えるその姿は、それが戦艦だといっても差し支えないほどの迫力を持っていた。 「精霊が騒いでいる」 端的にそれだけを言うコーティカルテの横顔は、しかし、事実がそれだけでないことを示していた。だが、それ以上言うことはせず、もう1つの重要なことを告げる。 「あの船……突っ込んでくるぞ」 「――――っっ!?」 フォロンが息を飲む。そして、まるでその会話を聞いていたかというほどの絶妙なタイミングで、浜辺に異常を伝えるアナウンスが流れ始めたのだった。マイクを通じて流れるその音声は、あまりの突発的事態が信じられないといわんばかりの狼狽ぶりで、けれど忠実に職務を遂行するために何度も噛みながらも避難のアナウンスを繰り返していた。 これは、いち早くその存在に気づいたユギリ姉妹が、浜辺の監視員にそのことを伝えた結果である。監視員が、その事実を本部に伝えて数分後、先程のアナウンスが流されるに至ったのだ。この決定は随分早いことのようにも思えるが、実はそうではない。なぜなら、この決定に際して精霊が関わっていたからである。見かけることは少ないが、この浜辺には常に1人以上の神曲楽士が常駐しており、有事の際に備えているのである。これは、たとえば溺れた人がいた場合、人が助けるよりも近くの精霊に助けてもらった方が安全で迅速に救助ができるためである。ともかく、この報告は、本部を通じてすぐに待機していた神曲楽士へと伝わり、そして神曲楽士が精霊を通じて「不審船」の調査を行ったのである。その結果、精霊はあちこちに傷を受けた状態で帰還し、そして、船の行き先が浜辺であることを告げたのだった。それはつまり、向こうには精霊がいて、尚且つ、敵対意思があるということに他ならないのである。よって、精霊が戻ってきてすぐに避難警報の発令が決定され、アナウンスされるに至ったのである。 浜辺は、加速度的に大きくなる騒ぎ声とともに、今までどこにいたのかというほどの警備員が姿を現し、海水浴客を誘導し始めた。その間にも、一切速度を落とすことなく近付いてくる船は、すでにその輪郭を徐々に現し始めていたのだった。 避難のアナウンスが流れてから10分ほど経過して、フォロンとコーティカルテは浜辺を管理する本部まで辿り着いていた。休暇中とはいえ、この状況を見過ごせるはずもないフォロンは、何か力を貸せることがあるはずだと考え、行動したのである。 「すいませんっ」 勢い込んで本部に入ったものの、フォロンの姿はそこらの海水浴客と一緒であり、間違っても神曲楽士に見えるはずもなかった。よって、入口付近で慌しく動いていた社員に注意されてしまう。 「ここは危ないから君達も早く避難しなさいっ。ほら、向こうにいる警備員の指示に従って!」 「いえ僕たちは……」 フォロンが説明をしようとした、その瞬間、 「――――何が起きている?」 本部に、透き通るかのように凛とした声が響き渡った。その声に、誰もが一瞬動きを止め、そして、声のした方へと視線を向けたのだった。 緋色の髪をたゆらかになびかせて、少女の姿をした精霊――コーティカルテ・アパ・ラグランジェスが圧倒的な存在感でそこに立っていた。しかし、コーティカルテが支配した場の雰囲気はわずか数秒しかなかった。先程より刺々しさの抜けた穏やかな声で、同じことを繰り返されたのである。 「お、お嬢ちゃん……ここは危ないから、ほらお兄さんと一緒に……」 「……お嬢ちゃん? お兄さん?」 その言葉に敏感にコーティカルテが反応する。お嬢ちゃんと言われたことも腹立たしいことであったが、しかしそれはそう見られることが珍しいというわけでもない。むしろ、コーティカルテは自分がフォロンの妹、もしくはそれ同等の存在として扱われたことに腹を立てていた。 「痴れ者が。この私を年下扱いするとは、いい度胸だ!」 「あ、え?」 しかし、事情を知らない所員にしてみれば、コーティカルテの台詞は到底理解できるものではない。だから、コーティカルテは、彼らにも分かるように行動で示さねばならなかった。 「そこの……状況を説明しろ」 とコーティカルテが示す方には、1柱の精霊がいた。人間のように血が流れたりするわけではないが、その精霊は傷つき弱っている状態であった。さすがに消滅――死ぬほどではないが、それでもそのダメージは結構なもののようにフォロンは思えた。 「あなたは……?」 弱々しいながらもはっきりとした声で、傷ついた精霊は目の前に佇む同じ存在に尋ねた。 「……我が名は、コーティカルテ・アパ・ラグランジェス」 「…………っ!?」 傷ついた精霊が驚いたように息を飲み、そして、彼女の名前を聞いた所員たちがはじめて、コーティカルテが精霊であることに気づいた。 「失礼を。船には精霊が1柱、敵対意思あり。……どうやら、暴走しているようです」 少し迷いながら最後の一言を付け加えると、コーティカルテは特別驚くような素振りを見せず、ただポツリと、 「……そうか」 と呟いただけだった。しかし、フォロンの方は、そうまで冷静にいられるはずもなく、動揺を瞳に浮かべながらコーティカルテの背を見つめ、そして自分が何をしにここまで来たのかを思い出した。 「何か、何か手伝えることはありますか……?」 「君は、もしかして神曲楽士かい?」 そう尋ねられて、フォロンはいつものように書類を取り出そうとして、今は休暇中で持ち合わせていないことに気づいた。慌てて取り繕うように言い訳をする。 「えぇと、はい。……その、今日は休暇で遊びに来ていたんですけど」 「フォロン、それほど時間はなさそうだ。……それで、あれをどうするつもりなんだ?」 余計な話を遮って、コーティカルテが本題を切り出す。フォロンが神曲楽士だと分かったせいか、今度は協力的に所員が説明をしてくれた。 「警察に連絡しましたが、到着するにはまだ時間がかかるみたいで……間に合うかどうか。それに、間に合ったとしても、あれを止めるのは困難でして」 「たしか、精霊が暴走しているって……?」 フォロンが傷ついた精霊の方に視線を送ると、傷ついた精霊は首を縦に振り肯定を示した。 「話そうとしましたが……まったく通じてないみたいで。近付いてくるものに無条件に攻撃を仕掛けているみたいです」 「そうか、精霊が騒いでいるのはそのせいか」 精霊の話を聞き、コーティカルテは納得する。――近付いてくるものすべてということは、すなわち人の目には映らない精霊も例外なくという意味である。そして、近づけないということは、船を止める術はないということである。 「でも、それじゃあ浜に衝突するのを待つしかないってことですか?」 「……それで済めば話は早いんだが、そういかなくて」 渋るように所員が濁せば、場の空気が一瞬にして重くなる。それはつまり、それだけでは済まない問題があり、しかも解決困難な問題であるということに他ならない。そんな空気を打ち破るかのように、コーティカルテが確認するように尋ねる。 「問題は積荷だな?」 「え、あ? はい、よく分かりましたね」 戸惑ったように所員が頷けば、フォロンが首を傾げた。 「積荷って何なんです?」 「――原油です」 それを聞いたフォロンが息を飲み、コーティカルテは目を伏せる。 「原油って……それじゃあ、もし!」 「はい。浜に衝突した衝撃で海に漏れるか……最悪爆発する可能性も」 どちらにせよ、結果としては最悪である。特に、浜辺を運営している側としてみれば、その被害は甚大である。 「でも、止めようと近付けば攻撃される……これじゃあ、どうしようもないじゃないですか!」 思わず興奮するフォロンだが、しかしすぐに冷静さを取り戻したのか、小さく恐縮したような声で「すいません」と謝った。 「要は――あれを止めればいいわけだろう?」 「コーティ?」 フォロンが驚いてコーティカルテの方を見れば、そこには不敵に笑う紅い精霊の姿があった。 「あれ、いない……?」 「えぇぇっ!? 先輩、どこ行っちゃったんですか~!?」 ペルセルテが叫ぶが、その声は海へと吸い込まれるように消えていってしまう。ペルセルテとプリネシカが、危険を伝えるためにいったん浜辺を離れ、そして戻ってきたとき、そこにはフォロンとコーティカルテの姿はなかったのである。 「やっぱり、あっちで待っていた方が良かったんじゃないかな?」 そう、プリネシカがやや呆れた風に言う。ちなみに、プリネシカはここに来る前にも同じことを言ったのだが、それはペルセルテにより却下されたので、ここまでやってくることになったのである。まぁ、辺りには避難のアナウンスが繰り返し流されているのだから、むしろそこにいる方がある意味おかしいのだが。そのことにペルセルテは気づいていない――というより、別の壮大な目的によって無視されることになったのだ。 「それじゃー、先輩にお礼を言って頭を撫でてもらえないじゃないっ!!」 それを聞いてプリネシカは頭痛があるかのように額を押さえ、そして、自身を納得させるために一呼吸入れた。そして、プリネシカが次の言葉を発しようと口を開いた瞬間、 「――こんなところで何をしているのだ?」 そう、聞きなれた声が響いたのだった。その声を聞いた瞬間、ペルセルテは期待に目を輝かせて振り返るが、しかし、そこに期待する人物がいないことに気づく。それはプリネシカも同じだったらしく、さりげなく周囲に視線を送ったのだが、そこに見えたのは浜辺を管理しているスタッフだけであった。 「コーティカルテさんこそ、なんで?」 考えるより早く口が動いたペルセルテが問えば、2人に声を掛けた人物――コーティカルテは、答えるのが面倒そうな顔をして、それが次の瞬間に一変した。 「おい、なんでそれがここにあるっ!?」 慌ててコーティカルテがそれを指差せば、ペルセルテはキョトンとした表情になり、そして察しのいいプリネシカはコーティカルテが慌てた理由を悟った。 「それって、これのことですか?」 ペルセルテは、コーティカルテの指の先を辿り、そしてそれがペルセルテが支えている物であると気づいた。ペルセルテが――両手で支えているため――顎で示してみれば、プリネシカは脱力したように俯き、コーティカルテは頬を少し上気させて怒鳴った。 「そうだっ、なんでハーメルンがここにあるんだ!?」 「何をそんなに怒るんですかー。私は先輩のためにわざわざこうして持ってきてあげたっていうのにっ!」 売り言葉に買い言葉で、最後の方はペルセルテも少し怒ったような口調になる。 そう。ペルセルテは、プリネシカとともに監視員のいる場所まで向かったついでに、フォロンのバイクであるハーメルンと一緒に戻ってきたのであった。もちろん、そうすればフォロンに喜んでもらえるとペルセルテが勝手に判断して、プリネシカの静止も聞かずにやったことである。しかし、その行為が今回は完全に裏目に出ていたのである。 「ペルセ、フォロン先輩はどうしてここにいないと思う?」 その理由に気づいているプリネシカが問えば、 「え? う~ん……なんでだろ?」 ペルセルテは身も蓋もないことを言ってしまう。 「阿呆が、フォロンがいないのは、それを取りに行ったからだ!!」 そう言って、コーティカルテが先程と同じものを指差す。数秒、沈黙が流れ、そしてその意味を理解したペルセルテが大絶叫を上げる。 「ええぇぇぇ~~~~~っっ!!?」 プリネシカは、今度こそ本当に頭痛がして額を押さえる。けれど、そうしたところで事態が好転するはずはない。すぐに気持ちを切り替えると、フォロンを捜しに行くべく走り出す。 「私、捜してきます!」 「あ、待ってプリネ、私もっ」 そうしてペルセルテも走り出せば、あとには憮然とした表情のコーティカルテと、不安げに海を見つめるスタッフ、そしてポツンと残されたハーメルンだけになる。 「まったく……――――」 コーティカルテは、主を待つように佇むハーメルンの傍に近寄って話しかけるように唇を動かしたが、その声は風に流され誰の耳にも届くことはなかった。 コーティカルテと別れたフォロンは、駐車場へと向かっていた。コーティカルテの指示により、フォロン専用のバイクであるハーメルンを取りに行くためである。 「ハァハァ……つ、着いた」 幸い、避難を告げるアナウンスが流れてから十数分は経っているため、辺りに客の姿は少ない。ただ、それでも、これから避難をしようとする人が駐車場の出口付近で渋滞を起こしていたので、フォロンも多少苦労して駐車場内へと入ることになった。 息を整える意味で視線を海へと向ければ、そこには巨大な――それは近付いたためにそう見えた――タンカーの姿があった。もはや、一刻の猶予もないと気合を入れなおし、今朝ハーメルンを止めた場所を探して走り始めた。そして、その場所はすぐに見つかった。見つかった、のだが問題があった。 「ないっ……どうしてっ? なんでっ!?」 目的の場所はすぐに分かった。なぜなら、そこに一緒に来たペルセルテのバイクが置いてあったからである。フォロンは、その隣にバイクを止めたはずだから、当然そこにあるはずだと思っていた。 ――実際は、すでにペルセルテが持ち出してしまっていたのだが、それをフォロンが知るはずはない。 しかし、そこにフォロンのバイクはなかった。たしかに珍しい車体ではあるので盗まれたかとも思ったが、防犯対策はしっかりとしていたはずである。その可能性は低い。もしかしたら、別の場所に移動されたのかと考え、フォロンは周囲を見回すが、それらしいシルエットは見つからない。 「ど、どうしよう?」 焦る気持ちが、よけいに冷静な判断をフォロンから奪っていた。こうしている間にもタンカーは近付き、コーティカルテはフォロンが来るのを待っているのである。 「くそぉ、ないならないで別の方法を考えるんだ……っ、そうだ!」 そのときフォロンの脳裏に何かが閃いた。フォロンは、その閃いたことを検証し、それが今できる最高のことだと判断すると来た道をダッシュで戻り始める。それは賭けではあるのだが、決して可能性の低い話ではないことである。 ここに神曲楽士がいること、そして、コーティカルテが求めているのは別にハーメルンではないということ。その2点からフォロンが導き出したのは、ここにある単身楽団を借りるということだった。ただし、ここにある単身楽団にフォロンが扱えるものがあるとは限らないので、そこは賭けである。しかし、フォロンが扱っているのは鍵盤――キーボードである。少なくとも珍しい楽器ではないし、1つぐらい置いてある可能性は十分考えられた。 そしてフォロンは、出入り口付近の混雑を抜けて本部への道を駆け出し始めたのだった。 時を同じくして、フォロンを捜してやってきたペルセルテとプリネシカは出入り口付近の混雑で足止めを余儀なくされていた。捜してとあるが、実際のところフォロン行き先は分かっていたので、追いかけたという方が正しいかもしれない。しかし、そのどちらにせよ、2人はこの混雑の波に飲まれ、右往左往している状況に陥っていた。普通の少女と変わらない2人には、その流れに逆らうだけの力はなかった。 「プリネっ、どこ……!?」 「――っ! こっち、ペルセ!!」 その中、やや小柄な2人がギリギリ通れるぐらいの隙間を上手く見つけて、プリネシカがペルセルテの手を引っ張って進む。その間も、人の波は容赦なく2人を飲み込もうとしたのだが、それでもなんとか抜けきることができた。急に開けた視界に目を白黒させながら、そこにフォロンの姿を捜そうと視線を彷徨わせる。 「……いない?」 「そんな……せんぱぁ~いっ!」 しかし、駐車場内に人の姿はなく、ペルセルテの呼びかけも虚しく響くだけであった。 「先輩どこ行っちゃったんだろう? でも、ハーメルンを取りにここにきたはずだよね?」 ペルセルテが確認するように尋ねれば、プリネシカもそれに同意するように頷く。 「うん。そのはずだけど……もしかしたら、ハーメルンがないのを見て、別の代わりになるものを探しに行ったのかも」 「えぇっ? じゃあ、もしかして入れ違い!?」 そう言ってペルセルテが振り返れば、そこには未だ避難途中の海水浴客がいる。 「ぁ……?」 その中に、ペルセルテは見知った何かを見たようにして、小さく声をあげる。そして、その何かを確かめようと、ゆっくりと視線を動かす。と、その中に自身の記憶と確かに一致する後姿があったのをペルセルテは見逃さなかった。いや、むしろその姿をペルセルテが見逃すはずがなかったのだ。 「いたーーーっ、プリネ、先輩いたぁーーーっっ!!」 「あの方向は……ペルセ、お願い!」 プリネシカが視線で合図すれば、ペルセルテも即座にそれを理解して返す。この辺は、さすがに双子といったところであろうか。 そして、プリネシカはフォロンを追いかけるため走り出す。が、それをペルセルテは追いかけない。プリネシカの後姿を見送るようにその場に残ったペルセルテは踵を返してある方向に走り始めたのだった。 PR |
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