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ACT2
夏の海、と聞いてそこに泳ぐことを見出す人は意外と少ないのかもしれない。なぜなら、海に遊びに来た人のほとんどは、泳ぐために海に来たわけではないからである。むしろ、泳ぐためというならプールに行くのが普通なのだろう。海で遊ぶのに水着は持ってきても、それは海という場所で遊ぶ以上、濡れても平気な格好でなければならないという条件があるからであり、だからこそ水着にオシャレという機能を与えこそすれ、泳ぐための機能はほとんど必要ないといってもいいだろう。そうして夏の海を眺めてみれば、色とりどりの水着をまとった人が、まるでコンテスト会場に集まっているようにも見ることができる。波打ち際を寄り添って歩くカップルがいて、パラソルの下でサングラスをかけて寝そべる人がいて、簡易式のゴムボートを使って海の上ではしゃぐ子供がいて、海の家で食事をする家族がいて……この海という限定された場において、それこそ数えられないほどの人間模様が繰り広げられているのだった。そんな中にあって、一際目立つグループがあった。 「てやぁぁぁぁ~~~~~っっ!!」 「小娘が、なめるなっ!!」 2人の少女が叫ぶたびに、周囲から歓声が上がる。その歓声を聞いて、偶然そこを通りがかった人も何事だと集まってくるため、そこには小さな人の輪ができつつあった。しかし、白熱した様子の2人は、そのことにまったくといっていいほど気づいていなかった。この状況に気づきながらも、どうすることもできずにただ見守っていたのはフォロンとプリネシカであった。なぜ、こんなことになってしまったのかといえば、時間を少し遡らなければならない。 とりあえず海に来たものの、まずフォロン達は何をするかで悩むことになった。コーティカルテは海で泳ぎたい――もちろんフォロンと一緒に――と主張し、ペルセルテはビーチバレーをしよう――当然フォロンと一緒に――と主張し、プリネシカはさりげなく潮干狩りなんてどうですかと提案した。困ったフォロンは、「それじゃあ、バラバラに行動する?」なんて場の雰囲気を読めない発言をして、コーティカルテとペルセルテに睨まれ、プリネシカにまで冷たい視線を貰う羽目になった。そこで、まずペルセルテが、 「コーティカルテさん、泳ぎたいんでしたら泳いできたらどうです? 私は先輩と遊んでますから」 と口火を切ることをした。当然、それを聞いたコーティカルテは売り言葉に買い言葉で、 「お前こそ、妹と姉妹仲良く遊べばよかろう。なに、私のことは気にしなくてもいい。私にはフォロンがいるからな」 と反論する。あとはもう、フォロンが止める間もなく2人の言い合いは加速するだけであり、ついにはどっちがフォロンと遊ぶのか勝負して決着をつけようということになったのである。そうして、本当にあっという間にペルセルテがビーチボールを取り出すと、コーティカルテも望むところとばかりに構えを取るのだった。心なしか、2人の視線の中間地点に火花が散っているようにも見える。声を掛けるタイミングを完全に逸したフォロンは、ただオロオロするばかりだったし、同様に話に置いてかれた格好のプリネシカも、事の成り行きを見守るくらいのことしかできなかったのだ。かくして、勝負の幕は切って落とされたのである。 「はぁーーーっっ!」 ペルセルテが見事なアタックでビーチボールを打ち下ろす。しかし、ペルセルテの性格ゆえか、そのボールは一直線にコーティカルテに向かって進んでいた。コーティカルテは、そのボールを軽く弾くと、浮き上がったボール目掛けて綺麗な跳躍をする。その瞬間、周囲からおぉというどよめきが巻き起こるが、それも当然のことだろう。コーティカルテの動きは、人間のそれとまったく別次元のものであったからだ。もちろん、精霊であるはずのコーティカルテにとって、それはたいしたことではないのだろう。しかし、周囲から人間に見られていることを、彼女は自覚していなかった。輝かんばかりの夏の日差しをバックに、コーティカルテのシルエットが一瞬浮かび上がると、次の瞬間にはもの凄い勢いでボールが打ち出されていた。 「ふっ――!」 「まだまだっ!!」 しかし、コーティカルテの放ったアタックを、ペルセルテはうまく受け止める。ちなみに、1対1でやっているため、ビーチバレーとしてのルールは完全に無視されていた。では、どうやって勝負の決着をつけるのかといえば、それは見ているフォロンにはまったく分からなかった。コーティカルテは勝負に熱くなっているし、ペルセルテもそこまで考えて勝負をしているとは思えない。ゆえに、この勝負の決着は、見ている人それぞれが勝手に結論付けなければならないという事態に陥っていたのだった。ただ、おそらく多くの人は、ボールを受けられずに落としてしまった方が負けになると思っていたはずである。それが一番分かりやすいし、実際、浜辺でビーチボールを打ち合っている2人の少女は、相手の打ったボールを落とさないようにプレーしていたからである。 「いい加減に、しろぉっ!」 「コーティカルテさん、こそっ!」 ペルセルテの運動神経は、フォロンの知る限り良い方だといえた。それは、フォロン自身の要領が悪く、それほど運動が得意ではないからという贔屓目ではなく、そして、双子の妹であるプリネシカは体が弱く運動は不得手であるからという相対的な比較だけでもなかった。そうはいっても、ペルセルテの運動能力の高さは、あくまでも人間に限って言えばの話である。そんなペルセルテと相対するのは、人間ではなく精霊であった。それも上位精霊と呼ばれる存在であり、その中でも比較にならないほどの能力を備えているコーティカルテ・アパ・ラグランジェスという存在であったのだ。冷静に見れば、この勝負はペルセルテに圧倒的に不利であったといえる。しかしそれでも、ペルセルテがコーティカルテと同等にやりあえているのは、ひとえに彼女のフォロンに対する強い思いがあったからであろう。 「どうした、そろそろ疲れたか?」 しかし、思いだけではどうにもならないことがあった。体力である。 「くぅ……っ」 ペルセルテの動きは、先程から少しずつ鈍くなっているのが傍目にも分かるぐらいになっていた。当然である。たしかに、ペルセルテは運動が得意ではある。しかし、得意というのはあくまでも上手という意味であって、ずば抜けた能力があるという意味ではなかったからだ。つまり、多少運動が得意であっても、ペルセルテは普通の女の子と大して変わらないのである。そもそも、どちらかといえばペルセルテは短距離型なのだ。それにもかかわらず、今までコーティカルテと接戦を繰り広げてこられたのは、ペルセルテの気力が支えている部分が大きかったのである。ただし、そのことに気づいているのは、この中ではプリネシカだけであったのだが。 ――さて、この勝負の行方はどうなることやら。 依頼を受けたレンバルトは、とりあえず事務所にまで戻ってきていた。車をいったん駐車場に止めると、トランクを開けて荷物を引き上げた。それはディパックほどの大きさの金属製の箱であった。箱にはストラップがついており、レンバルトはそれを肩に掛けて箱を背負うような体勢をとった。そして、そのストラップに付随するようについている紐を、レンバルトが軽く引っ張ると、カシャンという音とともに箱が展開し始める。箱の内部に納められていたアームが何本も伸び出し、その先端にはスピーカーであったり、情報表示のためのプロジェクタがついていた。それらが、まるで1つの生き物のように、レンバルトの周囲に配置される。わずか、数秒の出来事であった。レンバルトは、背中に奇妙な寄生虫を背負ったかのようにも見える姿で、駐車場の真ん中に立っていたのだった。 これが単身楽団――1人で神曲を演奏するための装置である。 「さて、と」 レンバルトは主制御用の楽器であるサキソフォンを片方の手で抱えたまま、もう片方の手をポケットに入れる。そこに目的のものを見つけると、それと一緒に手を引き抜いた。手には、1枚の写真が握られていた。それは、先程依頼を受けた家で受け取ったものである。1組の男女が寄り添うようにして写っている写真を、そっと地面に置くと、サックスを握り直して体勢を整える。その次の瞬間、レンバルトはふっと息を吸い込む。それが演奏開始の合図だった。 力強く開放された音は、単身楽団にあらかじめセットされていた封音盤の自動演奏と次々に音の重奏を創り出す。それは次第に唸りとなり、そしてレンバルトはその唸りの流れを壊すことなく、新しい音を紡ぎ続ける。 ――神曲。 最初は、1つの光点がポツッと浮かんだ。次の瞬間に、その光点は数十になり、瞬く間に数百、あるいは数千へと増加する。そして、ただの光点だったものは、やがてあらかじめ定められたかのような姿をとり始める。それは球体状のものに、オマケ程度に1対の羽がついただけである。しかし、それこそがレンバルトの奏でる神曲に呼び寄せられてやってきた精霊――多くはボウライという下級精霊の1種であった。 実体化によって精霊の姿が見えるようになると、レンバルトはサックスを高々と掲げるようにして、そこから音を叩き出す。人であれば、ただの音にしか聞こえないそれも、神曲楽士が思いを込めて演奏することによって、精霊にその思いを伝えることもできるのだった。レンバルトは、地面に置いてある写真に写っている人物と精霊の捜索を、お願いしていたのである。 もともと、こういった精霊を使った捜索作業は、レンバルトの得意分野といえた。なぜなら、レンバルトの神曲のスタイルが、それに適していたからである。レンバルトの神曲は、下級精霊を集めること――それも大量に――に特化していたのである。レンバルトの上司であり、天才と呼ばれたユフィンリーでさえ、彼のように大量の下級精霊を集めることは無理だということを踏まえれば、それは凄いことであるといえた。しかし、その反面問題がないわけでもない。レンバルトの神曲は、下級精霊を引き寄せることはできても、中級以上の精霊を呼び出すことが出来なかったからである。それに対して、レンバルトの同僚であるフォロンは、まったくの正反対の能力を持っているといえた。フォロンは、コーティカルテという強大な力を持つ上級精霊と契約するほどの神曲を奏でることはできる。それは一見凄いことのように思えるかもしれないが、しかし、フォロンはそれだけである。コーティカルテという1体の精霊以外、フォロンはほとんど精霊を呼び出すことはできないのだ。 ――ただし、これには別の理由も絡んでいるのだが。 別に、上級精霊を呼び出せるからといって、下級精霊も呼び出せるとはいえないのが、神曲楽士の不思議であった。ともかく、2人のように奏でる神曲のスタイルの違いによって、集まる精霊も異なるのである。これは精霊にも、神曲に対する嗜好があることを証明していた。それを踏まえれば、レンバルトの神曲は広く浅く、フォロンのそれは狭く深くであるといえるのである。 体を震わせるような音の洪水――しかし、それは決して不快ではない――を吐き出しながら、レンバルトはサックスの演奏にひたすら思いを込める。やがて、溢れるほどだった光点が、1つ、また1つ消えていく。それは、実体化を解いた精霊が目に見えなくなったのである。段々と、光に包まれていたレンバルトの姿が現れるぐらいになり、そして、レンバルトが最後の1音を吹き終えると、そこには数分前と変わらない駐車場があるだけであった。 「ふぅ、と」 レンバルトは、呼吸を整えると展開した単身楽団を元の箱状に戻す。それを車のトランクに仕舞いこむと、地面に置いた写真を拾い上げて再びポケットへと仕舞いこむ。流れるような動作で車に乗り込むと、そのままエンジンをかけ、車を発進させた。 「これで、見つかるといいんだけどなぁ」 ぼやくように呟きながらアクセルを踏み込むと、車は海へと進路を定めてスピードを上げたのだった。 さて、その頃ユフィンリーも事務所の近くまで戻ってきていた。ただそれは、事務所で受けた仕事の依頼人に会うためであったのだが。それは、とある警備会社からの依頼だった。その警備会社に着いたユフィンリーは、すぐに案内されて応接室へと通される。そこには、中年を少し過ぎたぐらいの男性がおり、ユフィンリーは挨拶をして簡単に自己紹介を済ませる。彼は、この警備会社の部長であった。そして、ユフィンリーが話を聞くと、部長は苦虫を噛み潰したような表情で話し始めた。 先日、彼の部下が無断欠勤をしたこと。 部長曰く、それは珍しいことではなく、これまでにも何度か無断欠勤のある社員であったと。 しかし、腕は優秀で、会社も多少のことには目を瞑っていたということ。 一週間ほど前、その社員が連日で無断欠勤をしたということ。 そして、連続4日休んだ挙句、その社員から連絡があったこと。 電話に出た部長がそのことを怒ると、社員は興奮した様子でこう言った、 曰く、とんでもない秘密を手に入れた、と。 それ以来、連絡が取れなくなり、そしてユフィンリーの事務所に白羽の矢が立ったというわけである。 つまり、その行方不明になった1人の警備員の捜索が、依頼の内容というわけであった。 「その、とんでもない秘密、というのは聞いていないのですか?」 「えぇ、私にも何のことだかさっぱり」 ユフィンリーが気になっているのは、その社員が電話で話した秘密についてであった。それも、わざわざとんでもないと言うぐらいの秘密である。気にならないはずがなかった。 「では、その社員が無断欠勤していたとき、何処にいたかは?」 「さぁ、何しろ連絡1つなかったもので……」 無断欠勤なのだから、ある意味それも仕方のない答えといえた。ただ、そのことは捜索する側のユフィンリーにとっては、マイナス要因であったが。ともかく、その社員についての情報を集めないことには、捜索すらできないので、ユフィンリーは矢継ぎ早に質問を繰り返す。 「それじゃあ、無断欠勤する前までの仕事は何処で?」 「えぇと……たしか、海運会社だったと思いますが」 それから部長は、その海運会社との契約の期限が切れた直後から、その社員が無断欠勤を始めたということを話してくれた。そのことに、何かしらの関連性を感じたユフィンリーは、少し詳しく話してくれるように部長に頼んだ。部長は、詳しいことまでは知らないのですが、と前置きをしてから話し始めた。 「割と最近急成長してきた会社らしくて、主に海で採れた原油を運搬することをしているみたいです」 「それで、契約内容は?」 「一応、守秘義務もあるんですがねぇ。……ま、いわゆる船の警護ってやつです」 部長は、内緒ですよ、と口に人差し指を当てて話を続ける。 「急成長したのは、裏で何かやっているからだ……という噂もありまして、それで嫌がらせをする輩も少なくなかったそうです」 つまり、そこでこの警備会社に警備の依頼がやってきたわけである。そして、その仕事に、現在無断欠勤で行方不明の社員が向かったのだ。状況証拠ではあるが、その噂が真実で、そしてその事実を知ってしまった社員は行方不明になってしまったと考えられなくもない。その社員は、何かしらの秘密を知ってしまったと、電話で部長に話したのだから。となると、怪しいのはその海運会社ということになる。とりあえず、何かしらの手がかりを得ることができたユフィンリーは、そこから捜索を始めてみることを決めて立ち上がった。 「それで、その海運会社は?」 「ヤツバーン海運です」 何となく聞き覚えのある会社だと、ユフィンリーは思う。おそらく、どこかで噂でも聞いたのだろう。それだけ、いろんな意味で有名な会社だということでもある。 「お願いします。彼を、エリ・ケイムズを捜してください」 「まっかせなさい」 ユフィンリーは不敵に微笑むと、警備会社を後にした。 夕暮れにはまだ早い時刻。フォロンたちは、浜辺に並んで座って冷えたスイカを頬張っていた。昼過ぎにピークになっていた人の数も、今ではその姿を段々と減らしている。さっきまであんなに賑わっていた砂浜も、急に寂しさを漂わせているのだから、時間というのは残酷である。 ……と感傷に浸っているのはフォロンだけである。 「うむ、美味いな」 フォロンの右隣に腰掛けたコーティカルテが感想を言う。すでに、4等分されたスイカの3分の2ほどを食べてしまったらしく、その形は綺麗な三日月形になっていた。しかも、彼女の場合種を捨てるという選択肢はないらしく、種ごと頬張っているのが彼女らしいといえた。 「はふぅ、運動した後ってどうしてこんなに美味しく感じるんだろう? ね、プリネ?」 「え? ……う~ん、やっぱり疲れているからじゃないかな? ほら、疲れたときには甘いものがいいって言うし」 コーティカルテとは逆、フォロンの左隣に腰掛けたペルセルテが、スイカの甘さに目を細めながら、そのさらに左隣のプリネシカに尋ねれば、彼女は少しの間思案して、そう答えた。答えを聞いたペルセルテは、スイカの種をプププッと飛ばしながら、そっかと納得する。対照的に、プリネシカは種を1つ1つ丁寧に取り除きながら、リスみたいに小さく口を開けて、スイカを頬張っていた。 「今日は、先輩といっぱい遊んだから疲れた~」 「む……っ!」 ペルセルテがそう感想をいえば、それにコーティカルテが素早く反応を示す。プリネシカは、困ったような、しかしどこか笑いを堪えているかのような微妙な表情を浮かべた。フォロンはといえば、アハハと乾いた笑い声をあげるだけである。 「まったく、せっかく海に来たというのに……フォロン、私は物足りないぞ」 コーティカルテが、フォロンに対して非難の声を浴びせる。 「そ、そんなこといっても……仕方ないじゃないか」 「そうですよ、仕方ないですよ」 フォロンが言い訳をすれば、それに同調するようにペルセルテの援護が付け加えられる。しかし、それぐらいでコーティカルテの勢いが止まるわけがない。そのことを察したのか、コーティカルテの不満が吐き出される前にプリネシカがフォローを入れる。 「でもペルセ、ちゃんとフォロン先輩にお礼言わないと駄目だよ?」 「は~い、先輩ありがとー」 プリネシカがたしなめるように言えば、ペルセルテはそれを上手く流しながら適当な返事をする。それでも、その言葉の中にフォロンに対する感謝の気持ちだけはたしかに読み取ることができたのだった。しかし、それを聞いたコーティカルテが文句を言う。 「なんだその言い方はっ、フォロンを馬鹿にしてるのか!?」 「ちょっ、ちょっとコーティ」 「ふーんだ」 「あぁ、もう……」 まさに、水と油とはこのことである。コーティカルテとペルセルテが、――フォロンを巡って――言い争うのは、もはや恒例行事であった。けれど、何度同じ場面に直面しても、フォロンはオロオロするばかりである。進歩がないとは、こういうのをいうのかもしれない。それは、この状態に対して傍観という姿勢を決して崩すことのないプリネシカにも、同様のことがいえた。まぁ、プリネシカの気持ちも、分からなくはないのだが。 「フォロン、こんなうつけ者は放って置こう。そうだ、どうせなら今日はこの辺に泊まって明日は私と2人だけで楽しむのはどうだ?」 「な、なんですって!?」 コーティカルテがフォロンを誘う、というよりは強制するような発言をすれば、ペルセルテが応じないわけにはいけないのだった。 「コーティ、そんなお金は持ってきてないよ……」 フォロンはといえば、律儀にもそう真面目に答えてしまう。しかし、この場合、フォロンの対応は逆効果だったようである。コーティカルテは烈火の如き怒りの視線をフォロンに向けて、フォロンを威嚇したのである。 「うううぅ~~~、フォロンのアンポンタン!!」 「えぇっ、僕のせいなの!?」 ムスっとした表情で、けれど少しの寂しさを瞳に浮かべてコーティカルテは精一杯の抗議をフォロンに行う。それに気づかないフォロンは、ただただ狼狽するだけである。 「そうですよぉ、コーティカルテさんは理不尽すぎます!」 ペルセルテが、フォロンを擁護すべくコーティカルテを非難すれば、 「ペルセ」 さすがにプリネシカが止めに入る。それを聞いて、ペルセルテは「どうして?」という顔でプリネシカを見つめるが、プリネシカの真剣な瞳に思わずたじろいでしまう。 「うぅ、分かったよぉ」 結局、根負けしたペルセルテが弱弱しく降参したのは、当然の成り行きだった。とはいっても、それでおとなしくなるペルセルテではなかったのだが。 「じゃ、プリネ帰ろっか?」 「そうだね」 ただ、さすがにこの場の雰囲気は理解していたので、ペルセルテは本当は上げたくない腰を、嫌々ながらも上げることをした。そんなペルセルテを、プリネシカは内心で褒めながらも、それを口に出すことはしなかった。それは、あとで十分に可愛がってあげれば済むことだったからである。プリネシカは、ペルセルテとは対照的にサッと立ち上がると、状況がよく分かっていないフォロンに対して頭をちょこんと下げた。 「では、私たちはここで失礼します」 「先輩、まったね~」 そうして、更衣室代わりの簡易テントに向かって歩き出そうとする。しかし、それをフォロンが慌てて止めに入る。 「ちょ、ちょっと。帰るなら僕たちも一緒――いてっ!?」 けれど、フォロンの言葉は言い終わる前に邪魔が入って遮られてしまう。フォロンが痛みの発生源である足元を見てみれば、そこには綺麗にコーティカルテがフォロンの足を踏んづけているのが見ることができた。 「コーティ、何のつもり……?」 「つーん」 コーティカルテはちらちらとフォロンの方を覗き見るが、それだけで何も言わない。そして、こういった女性の機微に鈍感なフォロンは、コーティカルテのちょっと不機嫌な理由が分からなかった。そんな2人の様子を見て、ペルセルテは「敗者」の言葉を投げかけた。 「コーティカルテさん、どうぞごゆっくり!」 「はいはい、怒んない怒んない」 そんな悔しそうに唇を突き出したペルセルテを、プリネシカが宥める。そして、今度こそ簡易テントに向かって歩き出したのだった。フォロンは、そんな2人の後姿を見送ることしかできなかった。 PR |
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